翌朝。
太郎は昨日の「立つだけ稽古」を思い出していた。
(あの人、やっぱ変だったな……。
“立つだけで全部わかる”とか言ってたけど、5分で足パンパンになったし!)
それでもなぜか、会社帰りにまた河川敷へ足を運んでいた。
すると、昨日と全く同じ場所で、立芯はまた“立っていた”。
風の音と川の流れの中で、まるで時間ごと止まっているかのように。
「……まだ立ってるんですか?」
「うん。まだじゃなくて、ずっとだよ。」
「ずっと!? 何時間ですか?」
「今日は二時間目。あと一時間くらいかな。」
「いやいや! 三時間も立つとか、拷問じゃないですか!
僕なんて五分でハムストリングが爆発しましたよ!」
「筋肉が悲鳴を上げてるのは、“立つ”じゃなくて“耐えてる”だけだね。」
「……立ってるのに、耐えると立てない? 何言ってんだ。」
立芯は少し笑ってから、言った。
「君、鏡見るの好き?」
「え? まぁ筋トレ後は確認しますよ。筋の入り具合とか。」
「ふむ。じゃあ聞くけど、自分の“背中”見たことある?」
「背中? いや、後ろは無理ですよ。」
「そう、見えない。
でもね、“見えない自分”を感じられない人は、いつまでも外だけ鍛え続けるんだ。」
「うっ……(なんか哲学っぽい)」
「筋トレってさ、やった分だけ安心できるでしょ?
でもその“安心”って、結局“やってない不安”の裏返しなんだよ。」
「なっ……! (痛いとこ突いてくるなこの人!)」
立芯は淡々と続ける。
「人は“頑張る”ことで、自分を保とうとする。
でも、立つってのは“頑張らないでも崩れない自分”を思い出す稽古なんだ。」
「思い出す? 生まれた時から忘れてるんですけど。」
「そう。だからみんな、生まれた時は立てなかったのに、“立とうとしない”方が上手だった。」
「赤ちゃん理論!? いや、師匠、それちょっと強引ですよ!」
「強引でいいんだよ。真理って、だいたい変に聞こえるもん。」
太郎は吹き出した。
この人、本気なのか冗談なのか分からない。
「でも師匠、僕はやっぱり“動いてナンボ”だと思うんですよ。
止まったら退化する気がして。」
「ほう。じゃあ聞こう。
止まってるこの川の水と、流れてる川の水。どっちが澄んでる?」
「……あ、止まってる方?」
「そう。“止まる”って、濁りを落とす時間でもあるんだよ。」
太郎は黙り込んだ。
(なんか、筋肉の話してるのに心がストレッチされてる気がする……。)
「いい顔になってきたね、太郎くん。」
「え、名前言ってないのに!?」
「立ってる人の“姿勢”を見れば、だいたい性格わかるんだ。」
「そんな超能力あるんですか!?」
「姿勢は心の現れ。
君はいつも“次の動き”を考えすぎて、今の立ち位置を感じてない。」
「……あー、それ、会社でも言われます。」
「じゃあ、今日も立ってみよう。
ただし、今日のテーマは“頑張らない”だ。」
「いや、それ一番難しいやつ!!」
立芯は静かに笑った。
太郎は仕方なく立つ。
しかし、昨日より少しだけ長く――今度は6分、立てた。
《第二章の気づき》
“動くこと”ばかり追いかける人は、止まることを怖がる。
だが“止まれる人”ほど、人生の中で本当に動くべき瞬間を見失わない。
次回【第三章】立つことの意味がわからない
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静かに立つことから、内なる声を聴き、言葉にならない想いを受けとめ合います。
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