最近ネガティヴな意味で死んでから実はみたいなことが表に出てくる話などを聴いてこれは問題だなと思いました。生きている内に解決することが望ましいと本当に思うのでこのことを書きたいと思います。
後出しジャンケン。
どれだけの良い事を思っていたとしても、それを誰かに吐き出して終わり、もしくは吐き出すこともしないでは何も解決はしません。
解決方法としては、その場で解決することが一番。
それが出来ないのであれば、周りも巻き込んで助けを乞うなどの方法があります。
その人が居なくなれば解決。
究極死んでしまってから解決。
それでは遅い場合が多いです。
苦しんでいる人がいるのに、それを見過ごす。
これは今すぐに解決する必要があります。
声を上げなければ、行動を起こさなければ何も変わりません。
おそらく
この様なことは歴史上それこそ無数にあったことと推測されます。
そして大小の差もあれど問題自体も無くならずに、燻り続けているでしょう。
どっちも選べるとして、どちらが良いでしょうか?
多少の痛みは伴ったとしても、素直に心のままに言葉を発し行動する人生と
モヤモヤしたまま思っているだけで、何も行動せずに自身を押し殺して生きる人生。
選択肢は常にあります。
そして選ぶ権利は自分自身であり、現在はその選んできた選択肢の結果です。
戦いを避け逃げ続けることも本気の勇気がいります。
正面からぶつかることも勇気がいります。
その勇気は芯の通った身体から搾り出すものだと僕は思います。
身体が良い状態であれば、良い選択肢を選ぶことが出来ます。
少なくとも選ぶ選択肢は増えます。
あとは何を選択するかは自分次第。
後からこうした方が良かったのに、知ってた、だからそうした方が良かったのに。
こんな事を愚痴らない人生を送りたいと思います。
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