身体的自由

身体は全て知っている、ただ忘れているだけ

人の赤ちゃん動画を観ると、とても面白いことを発見しました。このことについて話したいと思います。

ご存知の通り、赤ちゃんや幼児は筋肉がまだまだ発達していません。

要は筋力的に力がない状態です。

にも関わらず、ハイハイを行い、辿々しくも立って歩こうと日々進化していきます。

そこで深掘りしたいも思うのですが、立ったばかりの幼児は筋肉の力で立っているでしょうか?

答えは否です。

触ってみれば一目瞭然ですが、ふにゃふにゃの筋肉のまま、フラフラしながらバランスをとっています。

これは筋力というより、骨格でバランスをとっているような状態です。

無いものを補うために、今ある身体を最大限に活かす。

それがこの身体には生まれ持ってすでに備わっているものになります。

シンプルに、力がないからこそ力を出力するために身体を全て活用する。

誰しもがこの感覚を経て、現在に至るはずです。

であるならば、身体を最大限に使う方法とは既に一度通った道であるとも言えるでしょう。

この感覚は大人になれば、使えなくなるのでしょうか?それは違います。

例えば自転車に一度乗れたら一生乗りこなすことが出来ます。

それと同じで、実際には身体全てを活用して活躍している人は大勢います。

しかし、

全身を使い切って生活している人はごく僅かです。

その理由も思うところがあるので紹介します。

人は成長するにつれて、筋力がつき力が大きくなります。

すると、

身体全てを使わなくても、ある一部分の部位を使うだけで事足りるようになるのです。

今風な言葉で言えば省エネの状態から。

わざわざ小さい力で行えるものを、最大出力する道理はありません。

そうやって、

何ヶ月何年何十年と省エネの方法で身体を動かし続けるとどうなるのか?

それは身体を全て活用するという、その活用方法を忘れてしまいます。

それが、

現代人の身体の一つの答えだと考えます。

人の身体は機械と非常に似ていて、使わないと錆びつくもの。

しかし、刺激という油をさせば再起動は十分可能なものです。

なぜなら後天的に、身体全てを活用する方法は思い出すことが出来るからです。

全てを使うということは、総エネルギーは大きくなります。

身体全部が蘇る。

滑らかに動き始める。

アスリートだけでなく、

日常の生活も大きく変化する。

どのように変化するかは、思い出す方法が鍵となります。