身体的自由

2手先を読む

先を予測する。そんなことが出来ればどれだけ良い世界が訪れるでしょうか。けれども、ほとんどの人は何かしらの予測を立てて行動していると考えます。ああすればこうなる。こう行動すれば相手はこう来るだろう。その先の話をしたいと思います。

1手先を読むことは皆さんも何気ない日常生活でも行ってきているのではないでしょうか。

もうすぐ信号が赤に変わるから、先に止まる。

上司が怒ってくる前に、仕事を片付けておく。

こう話してくるだろうから、先に違う話題を振る。

もうすぐお腹が空くだろうから、空く前に食べる。

こんなことは戦いの世界でも同じことが繰り広げられています。

右のパンチを打ってくるだろうから、カウンターを合わせよう。

腹と見せかけて、顔を蹴ってくるだろうから引っ掛かったつもりで上を蹴らせておいて、軸足を刈ろうなどなど。

野球、テニスなど相手がいるスポーツでも同じ様に様々な駆け引きが起こっていると想像出来ます。

一手先までは、誰でも考えるものだと考えます。

ここで提案したいことは、2手先を読むことまでは殆どの人が行っていないということを先ずは知っておくと役に立つと考えます。

勿論、机上の空論というありがたいお言葉がある様に、どれだけ予測を立てておいたとしてもそうならないことの方が多いのではないでしょうか。

こうきたら、こう返す。

実践ではそんな上手くいかない。

そんな話を飽きる程聞いてきました。

では全ての事象は運や天賦で決定しているのか?

それが生き死にが掛かっていた時代の武術の結論とすれば、少しお粗末ではないかと思います。

死ぬも生きるも50対50。

個人的にはそのような状態では絶対に戦いたくはありません(笑)

そんな疑問に対して、これは使える考え方だなと腑に落ちたものがあります。

それは先手を取る。それも2手先ほど取れればなおよしの世界です。

先程人は予想通りには動かない。

そう言いました。

それはその通りだと今でも思います。

ただし条件が違えば、その解答は予想通りに動くかもしれないに変化します。

条件とは?

なんでもしてOKならば、それこそ選択肢は無限だと考えます。

しかし、

そうしたくなる様に差し向ければどうでしょうか?

本能的に、常識的に、不意に、意図的に条件を設定して、自然とその流れの中に相手を誘い込む。

そんなことが出来れば、こう来たらこうという話は急に現実味を帯びてきます。

1手、2手先を読む。その1手目を意図時に作りだす。

わざと、自然と、大胆に。

マジシャンの様に、自分の意思でトランプを引いている様に思わせといて実は引いてもらいたいトランプを引かせてるだけという種の様なものでしょうか。

掛かった方は、掛かっていることに気付くことなくやられる。

それこそが生き死にの確率が50対50から生き残る確率が51%以上に引き上げられる戦略になると考えます。

その確率をさらに上げるために、その2手先まで読んでそれに備えておく。

そのための戦略を練る。生き残る確率を1%でも上げるために。

その戦略の一手が「誘い」

極めたい術理の一つです。