身体的自由

身体構築

身体を構築する。僕が今まさにフォーカスを置いていることが身体構築になります。如何にこの身体を100%活用出来るか。その為には身体自身を知ることが必要不可欠だと考えます。このことについて書いていきたいと思います。

身体のパフォーマンスを上げることと、健康な身体を作ることは僕の中ではイコールなことです。

どちらかを上げるために、どちらかを犠牲にするという考え方は何度も身体を壊した経験から無くそうと思いました。

では、どうすればその二つが両立するのか?

その方法の一つとして、人が何かを始めるその前に、身体の土台をまずは作ることを提案します。

建物を建てる時に、いきなり上物から築き始めたりは決してしません。

建物が建った後には見ることもない、土台の構築。土台がしっかりしていなければその建物は傾きやすく、ひどい時には崩れたりすることもあるかと思います。

人の身体もこれと全く同じです。

技術や知識をどれだけ得ようとも、その土台である身体自身を理解していなければ、それは土台がまだ構築されていない建物と同じなのです。

身体の土台というと、足腰とか、筋肉を鍛えるとかそんなイメージはないでしょうか?

僕の考える土台とはそれとは別物になります。

鍛えるようなものではなく、身体を理解すること。

理解するということは、思う通りに身体操作が出来るということです。

例えば腕で物を持ち上げるとします。

物を取るために伸ばした腕の角度は?

物を掴むその手首の角度は?

物に触れた時の指の感触は?

物を持ち上げる時の力の起点、流れ、そのエネルギーの通り道は滞っていないか?

身体の一部分に負荷が掛かっていないか?

などなど。

物を持ち上げるだけでも、工夫すべき身体操作は無数にあります。

今何も考えずに行っている動作が、最適だとは限りません。

その最たる気付きは、身体の違和感や痛みに反映してきます。

健康な身体を築いた結果、パフォーマンスが上がる人体構築を行っていたらこんなことは起こりません。

身体操作はとても深く、目指すところは遠い所にあります。

だからこそ目指すこと自体が面白い。

僕のところでは、共に継続する仲間と身体構築を行う方法として

「大和の姿勢」

というものをお伝えしています。

身体構築を体現出来る仲間を増やしそれを伝えることによって、身体を壊すことなくより高みに導けるヒトをこれから増やしていきたいと思います。