武術と癒し。

一見、正反対のもののように思われるかもしれません。

一方は闘いの術であり、もう一方はやさしさの表れ。

けれど、わたしが身体と向き合い続けてきたなかで、

このふたつはまったく同じ“波”の上にあると感じています。

武術における「波」は、間合いを測るための感覚であり、

相手の呼吸や重心、意志の微細な変化を読み取る術でもあります。

その波を感じ、波に乗り、そして波を返す。

癒しも同じです。

目の前の人の呼吸に寄り添い、緊張や痛みの“波”を読み取って、

その波に逆らうのではなく、調和するように触れていく。

どちらも、強さとは無縁のやり方ではありません。

むしろ、深い感受性と、自分の芯にしっかり立っていることが求められます。

癒しが浅くなるとき、それは自分が波を感じきれていないとき。

武術の動きが通らないときも、同じです。

相手に合わせているようでいて、自分の波が乱れているときは、

どれだけ技を繰り出しても、相手には届きません。

わたしが稽古の中で大切にしているのは、

「波を感じる自分」であること。

技を使うときも、触れるときも、

そこにあるのは、同じ静かな感覚です。

相手を崩すときの“波”と、相手を緩めるときの“波”が同じであること。

それに気づいたとき、わたしの武術は大きく変わりました。

そして、それは同時に、生き方そのものにも影響を与えてくれました。

波は、力ではなく感覚で扱うもの。

その波の質を磨いていくことが、わたしの稽古でもあり、癒しでもあります。

立芯|身体の土台をつくる姿勢家