身体的自由

会得がゴールではなく、会得がスタート

武術の原理や身体の可能性を伝える中で、会得は意外とすぐに出来ます。勿論そのレベルはピンキリではありますが。ですので、僕は会得は最初に終わらして、そこから何処まで伸ばせるかにフォーカスをするという実験をしようとしています。このことについて書きたいと思います。

目標設定が大事。

様々な場面で聞く言葉であり、目標なくして進む道は見つけられません。

目標とは、時にはゴールとも言えるもの。

そのゴール設定について思うことがあります。

何かを習ったりするとき、まずは楽しいから入ることが多いのではないでしょうか。

楽しみながら続けているともっと上手くなりたい。もっと知らない世界を知りたい等々、その後の欲が出てきたりします。

そうすると、

先生がいてその人の域に達したいと、常にそこが目標で継続すればいつか同じことが会得できると信じて進む。

その域までは、何年何十年かかるか分かりませんがいつかいけたらいいなというような感覚になる人も少なくはないのではと思います。

これは目標というゴールが、会得するというところに設定されているモデルです。

いつか会得できると信じて、長い道のりを歩む。

その行程を楽しめる自分としては、それも一つの形だとは思います。

生徒全てが、同じ道を歩み仲間意識も出来る。

しかし、

いつかいつかと思っていることは、死んだら終わりだと思うことは僕だけでしょうか。

会得までの道のりがもしかしたら間違っているという可能性もあるでしょう。

死ぬまでにそのゴールに辿り着かず、見たい景色を見られずに死ぬ。

それだけは避けたいです。

その景色を見る。そしてその見た後の自分の変化と成長を存分に楽しみたい。

これが本音。

なので

会得することはゴールではなく、全ての始まりとしたい。

目標設定として会得をゴールとしない。

会得をスタートとし、その先の世界を何処までいけるかをひたすら楽しむ。

これを目標とする集まりがあってもいいのではないかと思っています。

全てはここに繋がるためのものとして

感謝もしつつ、随分と遠回りをしてきたなと実感しています。

もし時間を巻き戻すことが出来るのなら、物心がついた頃の自分に最初から全てを教えてあげたかったです^_^