寒い寒い雪山で凍えている時に、誰かが火を起こしてくれるのをただただ待つのか、自ら火を起こすのか。行動における衝動について書いてみたいと思います。
例え話ではありますが、この話には様々な要素が詰まっていると感じます。
生き残る確率を上げる。
行動をするということは、生きるということに直結すると考えます。
何もしないでも生きているではないかという意見もあるかとは思いますが賛成は出来ません。
なぜなら人は皆何かしらの恩恵を受けていると思うからです。
お金も勝手に湧いてくるものでもありません。
行動(仕事)によって対価をもらい、それを自己実現のために交換する。
それこそが健全な人生ではないでしょうか。
これからも豊かな人生を送っていきたい。これが今考える抽象度が高い目的地です。
であるならば現状維持は停滞です。
自ら火を起こす人となり、たくましく生きていく。
ここで一つ思うことは、火の起こし方にしても千差万別という事実。
無理矢理起こすのか、楽しく起こすのか。
選択肢はいつでも自由です。
伝える者としての責務は、そのような行動を起こそうとする人に様々な火の起こし方を伝えられる人になりたいと思っています。
分かりやすく、楽しく、誰にでも。
ただし、
火の起こし方はいくらでも伝えられますが、火を起こせるのは自分自身のみ。
最後はやっぱり自分自身で火を起こしたいという衝動を行動にまで昇華する。
それによって初めて目的地まで辿り着けるのではないかと考えます。
生き残るために行動する。
そう考えれば生き物として、行動しないことはありえません。
その行動に全エネルギーを込めて、これからも楽しみたいと思います。