新連載企画

【第五章】“やる気”が要らない世界

日曜の午後。

太郎は、筋トレジムの前で立ち止まっていた。

(あれ、なんか……行く気がしない。)

昨日の“立つ稽古”のあとから、妙に身体が静かだ。

ジムに行こうとしても、心の奥で誰かが「今日は立てばいい」って言ってくる。

「……師匠の呪いかこれ。」

スマホを開くと、立芯からメッセージが届いていた。

『今日のテーマ:“やる気”を出さない。』

「いや、どういうテーマ!?」

思わず声が出た。

太郎は混乱しながらも、また河川敷へ。

「おう、来たね。いい顔してる。」

「いや、寝起きですよ!? 師匠、今日のテーマなんなんですか。“やる気を出さない”って、どういう修行なんですか。」

「うん。やる気ってね、出すほど“今”から離れるんだよ。」

「……またそういうやつ……。

でも、“やる気”がないと人は動けないじゃないですか?」

「動かなくていい。」

「いやいやいや! 社会回らないでしょ!?」

立芯は笑って言う。

「太郎くん。君、エレベーター乗る時、ボタン連打するタイプでしょ?」

「……な、なんで分かるんですか!?」

「やる気が強い人ほど、すぐ押したがるんだよ。

でも、エレベーターはさ、押さなくても必ず動く。」

「……師匠、それ比喩のセンス、ずるいですよ。」

「人も同じ。

“立ってるだけ”でも、呼吸は勝手にしてる。

心臓も、血も、細胞も、全部動いてる。

なのに、“動かなきゃ”って焦るんだ。」

「うっ……痛いとこ突いてくるな。」

立芯は笑いながら、両手をぶらんと垂らした。

「やる気のいらない世界ってね、“自然が勝手にやってくれる”世界なんだ。」

「え、それってサボるってことですか?」

「いや、信じるってことだ。」

太郎は思わず黙った。

風が頬をなでる。

立芯の声が、風の中に溶けていくように聞こえた。

「“立つ”って、信じて任せる姿勢なんだよ。

地球に、重力に、自分に。」

「……でも、師匠。それで結果が出なかったらどうするんです?」

「その時は、“立ち直ればいい”。」

「……!」

まるで冗談のようで、胸の奥がグッと熱くなった。

立芯は少しニヤリとして、

「太郎くん、筋トレやってて、“やる気MAX”の時にフォーム崩れたことない?」

「あります。気合い入りすぎて、腰痛めたことも。」

「それだ。

“やる気”って、時々“暴走エネルギー”になるんだよ。

本当の力は、“静かな熱”なんだ。」

「静かな熱……。」

太郎は、しばらく無言で立っていた。

何もしていないのに、背中が温かくなっていく。

力を抜くほど、内側に何かが灯る。

(あれ……これ、筋トレより効くかも?)

立芯がふと笑う。

「いいね、その顔。

“やる気ゼロ”で、“芯百パーセント”だ。」

「いや、そんな褒め言葉あります!?」

二人の笑い声が、夕日に溶けていった。

静けさの中に、あたたかな余韻だけが残る。

《第五章の気づき》

“やる気”は時に、自分への不信から生まれる。

何もしなくても立っていられる時、

人はすでに“自然と一体”で動いている。

次回【第六章】筋肉と芯のちがい

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