押せば押し返し、引けば引かれる。これは物理的な力のやり取りにも、心理的なやり取りにも通じるものです。武術においてもコミュニケーションにおいても、その微妙な「塩梅(あんばい)」が結果を左右します。
ただ、言葉だけでのコミュニケーションには、視覚的にわかる「押し」や「引き」がないため、その感覚が掴みづらいのが実情です。そんな時は、ぜひ身体で体験してみるのをおすすめします。実際に他者から手で押されると、強く押された場合の違和感や、弱すぎる押しの頼りなさを肌で感じることができます。そして「ちょうど良い押し」が生み出す心地よさは、その人との適切な関わり方や距離感を象徴しています。
コミュニケーションがうまくいかない理由の一つには、この距離感の誤りがあります。近すぎれば相手にプレッシャーを与え、遠すぎればこちらの影響力が薄れてしまう――この「ちょうど良い距離感」を身体感覚で知っておくことは、大きな助けになるでしょう。
武術の身体操作において、求められる動きは複雑ではなく、むしろシンプルなものが多いです。シンプルな要素を組み合わせることで、驚くべき力が発揮されます。例えば、先述の「強さの調整」と「距離感の調整」。これが噛み合えば、力をほとんど使わずに相手のバランスを崩すことも可能です。
この原理は、対話や関係構築にも応用が効きます。たとえば、相手との会話で言葉の強弱をつけたり、話す際の距離を適度に保つことによって、相手の心を開き、自然と信頼関係を築くことができます。
武術の身体操作とコミュニケーションには、驚くほど共通点があります。そして、その共通点を生かすためには、和立(わだち)という概念を使うことが効果的です。和立は、相手との関係に調和をもたらし、押し引きのバランスを自然に取るための方法です。和立を通じて、相手の状態や距離感を把握し、無理なく「その場にふさわしい強さ」を表現することが可能になります。
武術とコミュニケーション――一見異なるものに思えますが、シンプルな原理のもと、深く繋がっています。日常の人間関係にも、その根本にある「シンプルさの中にある力」を感じ、活用していくことで、より豊かな関係性を築けるのではないでしょうか。
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