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他人が評価する競技に興味がない

昔からスポーツなどを行う上において、自分自身が向かないなと思った競技があります。
それは、他人が評価する競技に興味が出ないということです。

具体的には、何か演技や演舞などをすることによって点がつき、それによって勝敗が決まるといった類のものです。
もちろん、それを生きがいと感じ、全身全霊をもってそれを行うということ自体に何も異議はありません。
あくまで僕個人は、という話にはなります。

なぜ興味が湧かないかというと、人の主観が入る点数というものに左右されることは、自分自身がなくなってしまうように感じるからです。
例えば、僕自身が「これがいい」と思って10点満点だとしても、ある人から見たら8点、別の人から見たら1点というように、主観によって評価は大きく変わってしまいます。

また、ルールによってその競技は成り立っていますが、ルールというのは頻繁に変わるものです。
そのルールが変わるたびに競技の根底が覆ることも多々あり、その都度、自分がこれまで培ってきたものが出せなくなったり、意味を失ってしまったりします。
そういった外側の要因で変わってしまうということがどうしても受け入れられず、今日に至るまで興味が持てない、というような感じです。

得点というものがあったとして、その得点は「現時点では」ということになり、1日先、3日先、数年後はまた全然違うものになります。
だからこそ今の現在地を知るために、という話もありますが、そもそもそれ自体は自分で分かっています。
それをただ日々積み重ねていくことこそが喜びであり、だからこその8,500日立つことを行ってきたと言えます。

これに他人の評価が入って「良い・悪い」であったり「まだまだ」などとあまり言われるようであれば、僕自身は言われたくもありません。
もし言われたとしても、現段階では「そうですね」としか言うことがないです。

より自分の望む高みに向かって進み続けること自体を楽しみとして行うことが至福の時間であるため、他人の評価に意識を向けられたくないな、というのが昔からあります。
ましてや、その評価基準が相手次第で変わるというような世界で生きていては、いつまで経っても自分の求めるもの(ところ)にはたどり着けないと考えます。

現在におけるベストを尽くしていれば、今日の時点では100点満点中100点、明日は明日で100点満点中100点を取るだろうなと思うような形で進んでいけばこそ、楽しく進むことができます。

昔、人からは「自分に甘い」と言われたこともあります。
しかし、現在まで続けている人がどれだけいるかを考えると、ある意味これも一つの答えの形ではないかと思います。

ぜひ、自分の価値基準で生きるという覚悟を持って生きるようにしてみてください。

好きなことを、一生。
今日の一立(ひとたち)が、その入口です。

立芯《旅する姿勢家》

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他人が評価する競技に興味がない