人生論

評価ハードルの高さは日本の評価制度が関係している

僕自身は、人生を生きていく上でのハードルが、一般の人に比べて相当低いと自覚しているところがあります。

なぜそう思うのかというと、例えば完璧主義者のような人は、100点満点中100点を取らなければ悔しい思いをしたり、「まだまだ足りない」と考えたりしがちです。

しかし、僕自身は100点満点中10点でも取れれば、それはそれで良しと考えるからです。

ハードルが低いからこそ、20点でも30点でも、それを喜びに変換することができます。

そして、それを繰り返すことによって、点数が徐々に上がっていくことも知っています。

一番最初から高得点を目指していない。

つまり「ハードルが高くない」ということが、僕自身の生き方の特徴だと思っています。

そして、この「ハードルが高くない」ということを俯瞰して考えたときに、日本の評価制度や一般的な評価の考え方が関係しているのではないかと、以前、ある体験を通じて感じることができました。

それは何かというと、5点満点で評価をする場面において、外国の方の多くは、特に何も問題がなければ「5点」から始まり、何か良くないことや不満な点があれば、そこから減点していく、という評価の仕方をされるという話を聞きました。

そのため、一般的な口コミサイトなどでも、外国の方は「普通に過ごせた」「大満足とまではいかなくても良かった」という場合に「5」をつけることが多いようです。

それに対し、日本人の感覚としては「3」が基準になることが多いのではないでしょうか。

何もなければ「3」。

大満足であれば「5」。

不満足であれば「1」。

このように、基本的には真ん中の「3」をベースにする方が多いかと思われます。

しかし、サービスを提供する側からすると、この基準は非常にハードルが高いと感じられます。

例えば、ご飯を食べに行って「普通に美味しい」くらいでは、評価が「3」になってしまったり、ホテルのサービスなどが「普通に暮らせて良かった」という程度では、なかなか満点の「5」には届かなかったりします。

受ける側からすれば、「普通に満足」しても満点をもらえないというのは、非常にハードルが高い。

これは、日常生活においても全く同じことが言えるのではないかと、僕は思います。

今はなき学校制度の5段階評価も関係しているのかな、と思うところがあります。

どちらにしても、自分自身の評価軸のハードルが高いということは、相手に対してもそう、高い評価を求めるように思うことでもあります。

そういった世界線にいる限り、なかなか日常で満足を感じることができなかったり、ちょっとした不具合があっただけで不満やストレスが溜まり、クレームなどにもつながるのではないかと、僕は考えます。

明石家さんまさんが言ったとされる「生きてるだけで丸儲け」という言葉が、僕はとても好きです。

本当に、この生まれて生きていること自体が、奇跡的です。

ご飯を食べられること。

住むところがあること。

着る服があること。

そして、好きなことややりたいことが叶えられること。

そういったことの一つ一つが、本来は感謝すべきものであり、それに対して評価のハードルを上げすぎてしまうことで「今が不満だ」と考えてしまう。

それは、幸せを感じる機会を逃していて、とてももったいないなと感じます。

ハードルを上げるのも下げるのも、自分の意識次第。

ハードルを下げることが「サボっている」あるいは「楽をしている」と罪悪感を持つ人は、一度考え直した方がいいと、僕は思います。

ハードルが低くて、毎日喜ぶことや楽しいことがある人生と、常に不満や飢餓感を持って暮らしていくのと、どちらが豊かな生活か。

そのことをもう一度見つめ直してみた上で、どちらを選ぶべきかを考えてみるといいと思います。

あなたの日常が、少しでも深く、芯のあるものになりますように。

立芯《旅する姿勢家》

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