この世界は失敗やミスでできていると言っても過言ではありません。
どういうことかというと、何事も始めるときには人生で初めてすることであり、俗に言う「失敗」ということは当たり前だ、ということをまずは知ってほしいと思います。
赤ちゃんが何かをするとき、いきなりできるということはほぼありえません。
偶然が重なってできたとしても、本人はそれが何かよく分かっておらず、何かを持っては落とし、歩いてはこけ、ぶつかり、ボールを投げようとしてもどこかへ飛んでいってしまう。
そんなことを延々と繰り返しながら、少しずつその動作や行動の質が上がっていくものです。
成長していく上で、そんなことが当たり前だったことを大人になるとすっかりと忘れ、ミスをすることに恐怖を覚えたりするようなことがよく見受けられます。
そして会社などは特にそうで、ミスをしたら絶対にそのミスを起こさせないために、チェック機能を増やし、さらにミスをするとそのチェック項目が延々と増えるという連鎖を起こすことが多々あります。
これは一見改善をしているようで、「人のミスはチェックをたくさん行うことで起きなくなる」「ミスは起こしてはならない」という前提で進んでいる、このこと自体がそもそもずれていると感じます。
以前、こんな提案をしたことがありました。
「ミスはどうしても起きてしまうものという前提で、ミスしたときにどのようにリカバリーを早くするかという方に目を向けませんか」という提案でした。
その提案はその場では見事に却下されました。
理由は「ミスが発生してしまうこと自体が良くないことだから」という、分かったような分からないような理由でした。
しかし、人のミスはおそらくこれまでの歴史上、そしてこれからの歴史上、なくなることはありません。いわゆるヒューマンエラーというものです。
そうであるならば、いかにそのミスを発見し、リカバリーできるシステムをその後に作ってしまえるか。
これから先、ミスが起きたとしてもすぐに気づいて元に戻す、そういうことができるシステムを構築することこそが、全体として負担が少なく、実際の成果につながるものだと思います。
しかし、これがなかなか社会では理解されません。特に日本ではそう考えてしまうところがよくあります。
「真面目すぎて効率だけが下がり、実際の成果が伴わない」というこの連鎖を、どこかで止めることが必要だと考えます。
これは身体操作においても全く同じことです。
特にアスリートなどの練習において、その練習のすべてが「ミスを行わないための練習」になってしまっていることが多々あります。
しかし、実際の試合や実戦で行うものは、想定通りになることはほとんどありません。
突発的な事案や失敗、そして「そこからどう立ち上がれるか」ということまで想定して練習や稽古を行うことが、これからの人生に大いに生きると思います。
もっと範囲を狭めると、自分自身の「立つ姿勢」における失敗という意味では、このバランスが崩れるということを極端に嫌うのが、身体の本質的な性能です。
そのため、バランスが崩れないように身体や筋肉などを固めてしまい、どんどん動きの範囲を狭くするというような連鎖が起こります。
僕自身が伝えるこの「立つ」という武術の稽古で何をしているのかというと、この恐怖を取り去ることです。
身体とバランスを取るために固められた緊張は、本当は必要ありません。
「バランスが崩れても立ち直せる」という感覚を取り戻すと、その身体の塊が取れてリラックスできるようになります。
それによって身体全体が循環して動くようになり、動く範囲が広くなって、疲れない身体になっていくということになります。
ミスは必ず起こるもの。そのミスに怯えず、どんなミスをしても立て直せるという自信を日々積み上げていくことが、大きな自信につながるものになります。
「立ち直る(リカバリー)」という一択を選択肢の中にしっかりと取り入れ、日々を柔軟に過ごしていくことをお勧めします。
好きなことを、一生。
今日の一立(ひとたち)が、その入口です。
立芯《旅する姿勢家》
◎立芯の公式LINEはこちら
◎YouTubeチャンネルはこちら
「一生モノの姿勢チャンネル」
◎初出版書籍
「世界一やさしい姿勢の極め方」
◎2冊目の書籍
「一生モノの姿勢術」
https://www.amazon.co.jp/dp/B0G49BTQQZ
◎3冊目の書籍
『死ぬときが最高の「身体」と「心」をつくる 経営者の「健康資産」』
https://www.amazon.co.jp/dp/B0H5KQF1N5


