日本の伝承方法の中で「型を渡す」ことは最高の方法だと思うのは僕だけでしょうか?

人に何か物事を伝えたりするときに、答えだけを教えたり、その経過だけを伝えたりすることは、その場しのぎではできます。

しかし、そのこと自体はいずれ忘れてしまうものであり、記憶だけをしたからといって、そのもの自体がちゃんとした意味で伝わるかというと、はなはだ疑問であります。

そこで武術や伝統芸能などでよく使われるものの一つに、「型」というものがあります。そのこと自体、時代的に古いと思う人もいるかもしれませんが、この「型」というものは、代々その技術や概念などを伝えていく上で、すさまじく洗練されたものが入っていると思うところが多々あります。

こと武術において、本来は人殺しの技なども含まれるようなものであるとしても、そのような事象はまず起きることがありません。その中でそうした事態に備えなければならない練習方法の一つとして、その概念が収められている型を繰り返し練習するということは、とても理にかなっています。

もちろん、型とはインプットであり、アウトプットの概念も対(つい)になければ、実際に活用することはできないということも添えておきます。

しかし、その両方、両輪がなされたときにこそ、この「型」は発揮されると考えます。

また型のみをやっていれば最強であり最高であるという考え方は、片手落ちだと言わざるを得ません。

表と裏、陰と陽という概念がまさにふさわしく、中から見た外、外から見た中をしっかりと把握し、現代に落とし込むことが「型」を生かすということにおいて必要な作業になります。

そしてここからが一番大切なところですが、では型であれば何でもいいかというと、そうではありません。

本当に本質から外れない正しき型というものは存在しますが、ほとんどのものは形骸化されているという問題もはらみます。

このことについても、何が本質で何が本質でないかというところも含めて見極めることができる人材を、これからも育てていきたいと思います。

あなたの日常が、少しでも深く、芯のあるものになりますように。

立芯|身体の土台をつくる姿勢家