人生の中であまりやったことがないことの一つに人を応援するということがありました。

どういうことかというと、自分の人生は自分で生きるという信念のもとなんでも行動して継続してやりたいことを叶えてきました。

それこそ今までのすべてをです。

勿論応援してもらったりしたことは数知れずあるとは思うのですが、最後は自分自身がすべてを決めると思っていた節があり人の応援をする時間があるのなら自身を高めることによってよりよい世界を作っていくという想いが強かったのだと思います。

現にスポーツ観戦などはまずやらず、応援するチームは?というような普通の会話ですら「ない」と話すことが日常茶飯事でした。

その根底にある考え方としては、

その人の人生はその人のものであり他人がどうのこうのと言ったところで変わるものではないというそんな考え方があったように思います。

自分で頑張れ!

今でも一つはそう考えていますが、純粋に人を気持ちだけでなく行動まで応援することが結局は自身に返ってくるものだということが遅まきながら気付くようになってきました。

ようやくではありますが、自他共栄の本質に色が着いてきた。そんな感覚が見栄えてきました。

自身を犠牲にするとは全く違い、応援

をし合うことによりお互いを高め合うという感覚でしょうか。

僕にとってはこの感覚はまだまだ新鮮でぎこちないものではありますが、まったく悪い気がしません。

むしろ応援するということにハマってしまったらこれからの人生どうなっていくのだろうと楽しみですらあります。

自身の器の外の部分。

影響の輪の外と決めつけるのではなく、その自身が届く範囲の固定概念を少しずつ拡げていこうと思います。

自身の成長のために、そして大切な仲間のために。

応援する。

そんな初心から始めていこうと思います。

立芯|身体の土台をつくる姿勢家