努力が報われるは間違い
努力とは意志を持って、目的へ向かって、継続するものを言います。
一見何も間違っていないように思えるかも知れませんが、努力をするということには条件を一つ加える必要があると考えます。
それは『努力をしたことに見返りを求めない』ということです。
要は他責にしないこと。
この典型例では
こんなにも努力をしたのに認めてくれない
こんなにも努力をしたのに結果が出ない
努力を聖域にしないことが肝要です。
努力と一言で言っても方向性が違えば何も役に立たない場合もあります。ただただガムシャラに行動すれば良いというものではありません。
そこで自身の考えるベストな努力の方法をお伝えします。
それは
その事自体を楽しむということです。
究極の話、努力という概念すら無用になるものです。
例えばわたしが8000日毎日『立つ』ことを継続してきたことはここで言う努力とは非なるものです。
ただただ面白くてやっていたら今に至っただけのこと。
努力という感覚でやるには余りにも途方もなさすぎます。
そして8000日も立つ努力をしたのに…といった不平不満は何一つありません。
残っているものは、
8000日前とは比べものにならないくらい進化した姿勢
そしてそれを求める仲間達
結果そうなったというだけで、努力してそうなろうとした訳ではありません。
全てのことに見返りを求めず、自身の求めることのみ追求する。
楽しむためには努力という言葉より、探求という言葉の方が合っているかも知れませんね。
立芯|身体の土台をつくる姿勢家



