宗教観の違いを埋める
誰にでもなんとなく気が合わないという人がいるのではないでしょうか?
性格であったり、価値観であったり理由は様々だと思います。
同じような世界で同じようなことをしていたとしても、全部合うということはまずないでしょう。
そんな中でどうしても合わないなと思う人がいるとき、なぜ自分自身がそう思うのか?とても不思議でした。
嫌なことをされた訳でもなく、強くあたられた訳でもなくなぜが気が合わない。
客観的に見てもそう思う理由が見つけにくい。
その理由が最近ふと腑に落ちることがありました。
その一つが宗教観です。
〇〇教だからとかそんな話ではありません。
例えば労働に関してだけとってみても、日本では「家族や社会、集団への貢献」で働くことは美徳としていることに対してキリスト教では「罪の罰としての苦役」として捉えていることなどが挙げられます。
だから働くことが楽しいと感じる人がいる一方、いかに働かないように進んでいくのかというところが価値観の違いとして出てきているのではと感じます。
労働一つにとっても背景が違うだけで捉え方がまるで変わります。
どっちが良くてどっちが悪いなんて議論はナンセンスです。
わたしは日本的感覚の働くことが生き甲斐でもあるという考え方に大いに賛同するところです。
なので出来るだけ稼いで、労働から解放されたいという考え方が腑に落ちなかったのですがこれは宗教観の違いだなと1人納得しました。
世界には様々な考え方があります。
その一つ一つをちゃんと知ることでまた一つ人と理解し合える可能性が上がりました。
立芯|身体の土台をつくる姿勢家



