赤ちゃんを思い出してみてください。あれほど小さい頃は、誰もが「快」か「不快」かで生きている。それは誰もが知るところです。
眠ければ泣き、お腹が空けば泣き、寂しくなれば泣き、満たされれば笑顔がこぼれる。感じたそのままを全力で表現するあの姿は、快・不快で生きる、動物として最も純粋で尊い姿だと僕は思います。
ところが成長するにつれ、特に大人になってから、「そう生きてはいけないのではないか」と考え、あるいは感じてしまい、自分の感情そのものを押し殺して生きてはいませんか。
僕が何かを行動するときの基準は、「肚で判断する」といつも伝えています。それをもう少し噛み砕くと、「快か不快か」という基準で選んでいるにすぎません。
日本人というと少し大げさかもしれませんが、嫌なことも我慢する。それを続けすぎて、やがて自分自身で「不快」と感じる感覚すら失い、いつの間にかストレスや身体の不調を抱えてしまう。毎日、決まった時間に学校へ行く。社会に出て会社へ行くときも同じです。満員電車に乗る。好きなことをする時間がない。食べたいものを食べられない。こうした「快」ではない状態を繰り返し習慣にしていくと、それが当たり前になり、何が快で何が不快かさえ、自分でもわからなくなってしまう。そんなことが起きているのではないでしょうか。
ひどいときには、その不快を自分が我慢して生きているがゆえに、後に続く人にまで同じ不快を強いる環境をつくってしまう。そんな場面を、僕は何度も見てきました。
だから僕は思います。今ここで不快な環境を見つめ直し、快の方向へ修正していくことは、決して悪いことではない。むしろ、誰にとっても良いことだと考え、行動してきました。
ただ、環境をいきなり変えようとすると反発を受ける。これもコンフォートゾーンを抜けるときの痛みで、相応のエネルギーがいります。だから徐々に変えていくことが、うまく生きるコツだと考えるようになりました。
本来の形であれば、こうです。
一、不快なものは、もうやらない。やめる。離れる。これを徹底する。
二、やりたいこと、好きなこと、快なことを、ひたすらやり続ける。
この二つによってエネルギーは無限に湧き、それを循環させることで、豊かな人生を歩んでいける。僕はそう考えます。
誰にでも、今からこう生きることはできます。快のみを求める。仕事の対価は、我慢料ではありません。人を喜ばせることで対価をいただく。これが僕の考える仕事です。快と不快という基準は、すべてに応用できる考え方です。
もし今、「不快」と感じていることがあるなら、戦うことなく、静かに変えていく。僕はそれをお勧めします。
あなたの日常が、少しでも深く、芯のあるものになりますように。
立芯《旅する姿勢家》
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