人生、山あり谷ありとはよく言ったもので、誰しもが体力的なこともそうですし、精神的なことも言えると思います。

理想を言えば、「山」という良い方はいいですが、「谷」の良くない方にすごく下がるというのはとても大変です。

そしてこの落差が大きければ大きいほど、揺り戻しが起きたり、余計なエネルギーの出力をしなければいけなくなったりすることになるので、できるならば穏やかに生きていくことを推奨しています。

これは決して「大きく喜ぶな」ということではないのですが、その上下の乱高下が激しかった後に起きることの1つとして、完全燃焼してしまい抜け殻になってしまうような状態、このことをとても危惧しています。

そしてその状態は継続や習慣というものとはとても相性が悪く、結果として人生が波乱万丈というようなものになりがちです。

すべてがドラマ化しているとも言語化できるかもしれませんが、傍から見ている分には面白がられるとしても、当の本人はなかなかに大変です。
そういう生き方だと開き直ってしまえばそういうものではあるのですが、良くない方へ落ちることを何度も何度も繰り返すのは、あまり良いことではありません。

そして、落ち込んだ先に復活することができるのならいいですが、そこに多くの時間を割いてしまい、ずっと低迷してしまうという可能性すらあります。

なので「人生を穏やかに生きる」ということを決め、そのために備えておかなければならないものは備え、やるべきことはやり、積み重ねるものは積み重ねる。
そうして初めて、穏やかに進んでいくことができます。

何もしないことが「穏やかに生きる」ではありません。

戦うのが嫌であれば、戦わないために力を備える。
攻められたくなければ、しっかりと守りを固める。
「備えあれば憂いなし」です。

穏やかに生きるとは、そのように生きると決めて、そのように行動すること。
その動的な状態を指します。
決して何も考えずに立ち止まり、何もしなければ波が立たないという生き方は選ばないことをお勧めします。

心の波を穏やかにするために、日々少しずつでも積み重ねて生きていく。

この生き方をするためには、毎日「立つ」ということを強くお勧めします。

なぜ立つのか。
それは、人生を生きる上で穏やかに生きるために必要な手段だからです。

好きなことを、一生。
今日の一立(ひとたち)が、その入口です。

立芯|身体の土台をつくる姿勢家