昔からよく話すことの一つに

『死ぬ時が最強』という言葉があります。

この言葉はその意味のとおり、幾つで最期を迎えるかは分かりませんがその時の自分は今の自分よりも遥かに強く進化していることは間違いないという確証があっての言葉です。

1日1時間以上1日も欠かさずに8000日『立つ』ことを行ってきました。

そしてこの習慣は死ぬまで続けるともう決めています。何があろうとも、です。

なので武術由来のこの稽古方法はやろうと思えば何処でも誰でも出来るものだからこそ死ぬまで継続ができます。

即ち常に発展途上ということです。

そこに終わりという概念はなく、何処まで登り詰めることが出来るかという価値観であり、今現在も姿勢を極めるという山を登っている途中だということです。

最近つくづく思うことが、終わりがすぐ見える事柄はつまらないということです。

ある意味で飽き性であるわたし自身が、一生楽しめる趣味を見つけたという幸運に運命を感じざるを得ません。

一生突き詰められる趣味、それが器であるこの肉体に関連するものであるならばそれは生涯の趣味と言っても過言ではないでしょう。

常にベストであれるならば、死ぬ時が最高であり最強であることは疑いようがありません。

昔はこの道のりを1人で登ろうと思っていました。

しかし今は共に歩んでいく仲間を募り、一緒に進んでいこうと行動しています。

「死ぬ時が最強」理論

これが世の中の普通になったら良いなと思います。

立芯|身体の土台をつくる姿勢家