人生論

好きなことは全自動ではつまらない

効率化を突き詰めていくと、行き着く先は「全自動」です。仕事においても、身体操作においても、同じような結論に辿り着く場面がよくあります。

けれど、この全自動が一番いいかというと、僕はそうは思いません。全自動になった瞬間に、「過程を楽しむ」という側面が、すっぽり抜け落ちてしまうからです。

好きなことや、やりたいことを行うとき、その過程のすべてが面白いと感じています。それをAIのようなものにすべて任せて、結果だけが出てきたとしても、果たしてそれは面白いでしょうか。

たとえば、苦労してラスボスを倒し、エンディングに辿り着くゲームがあったとします。最初から最後まで全自動で動かしてしまえば、それはもう映画そのものです。

そうなると、自分が入り込む余地、苦労する時間、困ったことを解決していくプロセス。これらが、すべてなくなってしまいます。

「そのこと自体を楽しむ」という、人生で最も大切な部分が、消えてしまうのです。

最近流行りのAIである、Claude Codeなどを使っていても、同じことを感じました。最初は全自動で動いてくれることに感動して、まずはその使い方を試していました。けれど触れていくうちに、全自動に任せれば任せるほど、自分のやるべき領域が減っていく。それが、思いのほかつまらないと感じるようになったのです。

そこで僕は、あえて手間のかかる方向へ使い方を変えました。AIと壁打ちをする。話し合う。提示された選択肢から自分で選ぶ。

そういう過程を経ると、完成するものが、より自分らしくなる。よりクリエイティブになる。それが分かってからは、過程そのものを楽しむようにしています。

もちろん、自分でやらなくてもいい作業や、手間と時間が余計にかかる作業を全自動に任せることに、何の問題もありません。そこはメリハリです。

ただ、本当にやりたいことや好きなことまで全自動で済ませてしまうと、意識が他に逸れていく。「自分が、生きている」という実感が、少しずつ薄れていく気がします。

ここに、僕が大切にしている3つの仕組みがあります。

一つ目、本当に自分がやりたいことを、内省して見つけ出す。

二つ目、その本質的な部分は、自分の手で取り組む。

三つ目、そのための時間を生み出すために、自分でやらなくてもいいことは、全自動に任せる仕組みを作る。

身体も、同じです。和立も、1日1立も、AIに任せて代わりに立ってもらうことはできません。自分の足で立ち、自分の呼吸で時間を積む。その過程の中にしか、身体OSの書き換えは起こりません。

過程に手間をかけられること。それ自体が、人生の豊かさだと、僕は思っています。

あなたの日常が、少しでも深く、芯のあるものになりますように。

立芯《旅する姿勢家》

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