なぜ立つことが土台になると言い切れるのか
立つことを始めると、必ず訪れることがあります。
それは身体のあちこちが痛くなったり、辛くなったりすることです。
場所で言うと、腕を上げている肩であったり、支えている腰であったり、膝であったり、つま先であったり、人によって部位は様々ですが、あらゆるところが悲鳴を上げます。
これはもう通過儀礼と言ってもいいようなものです。
なぜこのようなことが起きるのか?
「立つ」という型を行う上で、全く動かないでその型をし続けると、今まで見えてこなかった小さい悲鳴が蓄積し、大きな悲鳴となって出てきます。
ここを改善するかしないかで、今後の未来に天と地の差が生まれます。
なぜならば、その「立つ」というこの行を行わなくても、日々日常で立つことは行っており、その小さな悲鳴を聞かずに何年、何十年と繰り返すことで、後々の痛みの種になりかねないからです。
これを改善しない限り、その場その場で痛みを取ったり、コリを取ったり、ハリを取ったりしたとしても、それは付け焼き刃であり、また元に戻ってしまうという問題は一生なくなることはありません。
なので、その原因を突き詰め、大元の基礎を一番早い段階で改善することにより、その問題が起きない身体というものを作る。
それが、この「立つ」ということを行っている一番最初の、一番大切にしているところです。
皆さんに一度問います。
今の立ち方は皆さんのベストの立ち方ですか?
それは誰かに習いましたか?
そして一生不具合が起きない身体だと本当に思っていますか?
そこまでの不安がなかったとしても、少しずれていると感じていたり、これまでに何か痛めたりしたことがある方は、いつか気づくはずです。
これはいきなり起きたものではないということに。
そして、この「立つ」ということは健康だけにつながるものではなく、自分自身の成長を一生し続ける趣味としてとても優秀です。
なぜならば、いついかなる時もどんな環境でもやろうと思えばやれる、そういった趣味だからです。
何か道具がいるわけではありません。
どこかに行かなければならないこともありません。
その大元の師匠もしくは先生がいることがベストではありますが、自分自身がその何たるかを知った後には、セルフでやり続けることができ成長し続けられるという武術の英知がしっかりと詰まっています。
立つことで土台を作れます、もっと言えば立つことしか土台を作ることができません。
そしてその先には自由に動き続けられる、死ぬときまで最高の状態を保つことにつながるものになりますので、ぜひ今一度ご自身の立ち姿を見つめ直してみてください。
好きなことを、一生。
今日の一立(ひとたち)が、その入口です。
立芯|身体の土台をつくる姿勢家



