崩れても立て直せることが価値になる世界
昔、消防の世界にいた頃、事故が起きた際に「再発を防ぐにはどうすればいいか」について、かなりの時間を使って議論したことがあります。
もちろん内容にもよりますが、人の命がかかっているものは、それが起こらないようにより厳しく議論を交わすのはよくわかります。
しかし、そうでもない軽めの事故などで、その再発を防ぐための長時間の議論であったり、それに伴うペナルティであったり、それに伴う業務の増加に関しては、どうしても納得いかなかったことを思い出します。
その時に思いついて提案したのが、「ヒューマンエラーが絶対に起きないようにするようにと、これまでの歴史上何度も対策を取ってきたが、やはりそれでも起きるものは起きる。ならば発想を変えて、起きた時にいかに早く影響なく立て直せるかということにも注力することが、これから役に立つのではないか」という案でした。
ただ、その時に言われたこととしては、「起こさなければ済むことだ」と一蹴された苦い経験があります。
ただ、その時は若く組織が大きいため、それ以上の反論はしませんでしたが、その時の考え方は間違っていなかったと今でも思います。
人は間違えます。
失敗もするし、想定外のことは基本的に起きます。
起きると考えた上でどう立て直すかというところに最初から意識して取り組むことができれば、何もなければそれでよし。
もしそれが起きたとしても、すでに対応策を取ってあるのでそれを行えば基本的には賄える。
それ以上のことはまた応用して考える、ということにすると、実質労力としても軽くなるし、そもそもの心の負担がかなりなくなります。
備えあれば憂いなしです。
最近のAIによる情報漏洩など、それが起きないように防御することも大事ではありますが、それが起きてしまうことを前提に生活を立て直すことが、心の健康にもつながると思います。
そして究極、なってしまったらなってしまったで、その時に一番ベストな行動をするしかないと考え、日々豊かに生きていこうと思います。
好きなことを、一生。
今日の一立(ひとたち)が、その入口です。
立芯|身体の土台をつくる姿勢家



