「立つ」ことの原点を探ると、「強くなりたい」という想いよりも、探究したいという想いの方が強かったように思います。

それは、自分の内側にある未知なる可能性を感じたからかもしれません。

心と身体は、それぞれが別々に存在するのではなく、一つの道具として繋がっていますよね。

その道具を最高の状態にするには、ただ力を入れるだけでなく、深く、丁寧に磨き上げる必要があります。

まるで、日本刀を研ぎ澄ますように、心身を練磨することが大切です。

「一日一立(いちにちひとたち)」の稽古は、その練磨の時間です。

まっすぐに立ち、余計な力を抜く。この行為は、身体の歪みだけでなく、思考の歪みも整えてくれます。

継続することで、外側の力ではなく、内側の軸が育っていきます。

その軸こそが、人生のあらゆる局面で、ブレない強さとして現れるのです。

心身を練磨することは、生き方の再生そのものなのかもしれません。

立芯|身体の土台をつくる姿勢家