「何を言っているのか、さっぱりわからない」

昔のわたしは、そんなふうに言われることがありました。

感覚が先に立ち、言葉にする前に想いがあふれてしまう。

それは自分では自然でも、まわりから見るとまるで“宇宙語”だったようです。

当時は、その言葉のギャップをさほど気にしていませんでした。

けれど講座を続ける中で、伝わらないもどかしさに何度もぶつかりました。

相手が受け取れなければ、せっかくの気づきも動きも残りません。

そこで初めて「より丁寧に言語化する必要がある」と痛感したのです。

今では、オンライン講義を行うたびに、

直感で掴んだ身体感覚を、ロジカルな構造に置き換えて届けています。

抽象的な感覚を図解し、手順を分解し、目的と効果を整理する。

そうすることで、遠く離れた人にも、姿勢の深さを再現してもらえるようになりました。

感覚と言葉は対立しません。

むしろ、言葉があるからこそ感覚は他者へ橋渡しできる。

そして感覚があるからこそ、言葉は空虚な説明で終わらず、身体へ根づきます。

以前の“宇宙語”は、いまや「ロジカルな身体言語」へ姿を変えつつある、と感じています。

それでも、ときどき意図せず宇宙語が漏れることがあります。

そんな瞬間こそ、自分がまだ言語化しきれていないフロンティア。

そこを探究し、また言葉にしていくのが、これからのわたしの課題であり楽しみです。

立芯|身体の土台をつくる姿勢家