同じ出来事を見ても、人によって捉え方は異なります。

それは立場や経験によって、自然と“見ているところ”が変わるからです。

わたしは武術家でもあり、経営者でもあり、姿勢家でもあります。

この三つの視点が重なったとき、「見えてくるもの」がまるで違ってくるのを、日々感じています。

たとえば、ある人の立ち方を見るとき。

武術家としてのわたしは、重心の位置や間合い、反応の速さを見ます。

経営者としてのわたしは、その人の立ち方から「決断力」や「リーダーシップ」を感じ取ろうとします。

姿勢家としてのわたしは、呼吸の深さや、身体の癖、その奥にある“在り方”を観ようとします。

同じ姿勢を見ていても、見ているものはまるで違う。

けれど、そのどれもが「その人の本質」に近づこうとする眼差しなのです。

わたしはこの感覚を、とても大切にしています。

見るとは、理解しようとすること。

見えているものだけにとらわれるのではなく、

その奥にある“まだ言葉になっていないもの”を感じ取ること。

武術では、生き残るために観察する。

経営では、人の心を動かすために観察する。

そして姿勢では、自分と他者が調和して立つために観察する。

見ているところは違っても、

「何のために観るのか」が一致しているとき、

そこには深い信頼と、確かな方向性が生まれてきます。

あなたは、どこを見ているでしょうか。

そして、その視点は、どこへ向かっているでしょうか。

わたしはこれからも、複数の視点を行き来しながら、

ただひとつ、「本質を見る」ことを忘れずに歩んでいきたいと思います。

立芯|身体の土台をつくる姿勢家