この日本において、人の上に立つ者は何かと叩かれる傾向があります。

清廉潔白を求められ、少しでも濁った部分が見えると、厳しい批判の目にさらされる。しかし、人間というものは清らかな部分だけでは生きていけないと思っています。完璧な人間など存在しないからです。清らかな部分も、濁った部分も、どちらも自分自身を形成する大切な要素です。

ただまっすぐに立つ。

その時自分の内側に、清らかな気持ちも、不安や嫉妬といった濁った感情も、同時に感じていることに気づくでしょう。

その両方を否定することなく、ただあるがままに受け入れる。それが、清濁を合わせて一つとする、ということの意味です。そうして自分の内側が安定した人は、他者の良い面も悪い面も、ありのままに受け止めることができるようになります。

「たゆまぬ一立(ひとたち)に、すべてが宿る」。

清らかな部分だけを評価するのではなく、その人の持つすべての要素を、丸ごと受け入れること。そうしてこそ、本当に強い人間関係を築き、多くの人を惹きつけ、導くことができるのです。

立芯|身体の土台をつくる姿勢家